「ゾンビに追いかけられて迷子になっていた我が子が戻ってきた話」

うら若き乙女で箸が転んでもおかしい年頃だったらわかる話なんですが、そうじゃない今年34歳のおっさんが思い出し笑いでクスクスやっているんですから、それはまぁ気持ちの悪い話ではあります。

上司に絶叫した過去の話を聞き出そうと色々条件を提示した際に、

ハンマー投げたあとくらいの絶叫ですよ」

「競馬の最終コーナーくらいの絶叫ですよ」

「血管切れるくらいですよ」

「あぁセックス以外でお願いしますね」

と、自分で言っておいて「フフフ、セックスで絶叫って。ククク、面白いぞ、こいつゥ」とニヤニヤしているんですから気持ち悪いことこの上ないです。

  

思い出し笑いの歴史は古く、記憶しているのは小5、浜田でもお昼でもありません。

夏休みに昼飯を食っているときに、午前中に親友のコージー冨田に起きた悲劇を思い出し、ニンマリしながら食べていて、母親に「何笑ってんの気持ち悪い」と言われたのが最初です。

そのときは他人に起きた出来事で笑っているんで、まぁまだ許せるんですが、↑で書いたように自分で言った言葉でクスクスやってんのは異常ですし、最悪の自分大好き野郎です。

 

 

 

妄想が妄想を呼んで、最初に何を考えていたのかわからなくなることがあるんですが、これを孟宗竹迷子ちゃん現象と呼んでいて、竹のようにどこまでも伸びる妄想は、自分の足元が見えなくなるほど伸びて、自分がどこに生えているのかもわからなくなります。

大事なことを考えているときにこの現象が起きるともう見つかりません。

意外と近くに生えているんですが、灯台モト冬樹、光った頭では足元は照らせません。

結局、伸びきった竹はゾンビと対峙していました。

どうして僕はゾンビに追いかけられている妄想をしているんだろう、なぜどうやって逃げ切るかを考えているんだろう。

「頭どうなってんだよ」と呆れた笑いは、思い出し笑いにはカウントされません。

 

どうにか我が子が戻ってきたので、迷っていた経路を確認したところ

「思い出し笑いって他にしたかな」→自然とテレビを観る→「テレビにニコラス出てる」→「来週金曜はDライフでナショナルトレジャーや」→「ほんとニコラスって仕事選ばないよね」→「まぁウィル・スミスもゾンビ映画出てるしなぁ」→「オレだったらどうやって逃げよ」→「あれ?何考えてたんだっけ?」でした。

わかってまた苦笑いです(ノーカウント)

いや、笑っている場合ではないよ。転がった箸を拾って逃げるんだ。夜になるとゾンビが襲ってくるぞ。

夜は短し走れよ乙女。

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