「夏の終わりに思い出す、懐かしくてほろ苦くて、ちょっとセンチなオカルト話」

心霊現象なんてものはただの勘違いが9割で、オカルトは残りの1割にロマンを感じる娯楽でしかないとは思っていても、残りの1割が自分に降りかかるんじゃないかとビクビクできるあたり、娯楽としてはかなりの高みにあるんではないかと思う。

 

 

中学時代の夏の終わりのことである。友人宅で朝から遊び、昼飯を食いに家に戻り、また同じ友人宅へ向かった僕は、ピンポンを押した後にインターホンにこう答えた。

「顔芸人です!!!」

インターホンの向こうで

「・・・・あぁ。はい。部屋にいたから入っていいよ」

 

出たのは友人の兄貴だった。

それはないんじゃないか。午前中は親はおろか兄貴なんていなかったじゃないか。

こちとら全力でカメラに変顔をかましている。そら全力だ。顔芸なんてもんは少しでも恥ずかしがったら地獄である。日本人の特攻魂を見せつけるべくの一撃だった。

問題は標的を誤ったことだ。家には友人しかいなかったはずである。顔芸の成功率は高かったはずだ。この世に絶対というものはないことを考えても9割には達していただろう。しかし残りの1割を踏んでしまった。なぜか兄貴がいたのである。

 

「・・・。あぁ。すみません」

僕は答えた。

 

 

途中で気づいて肝を冷やすなら笑い話ですんだが、あの夏の解放感が僕を無防備にさせ、相手が兄貴だったというカウンターが無防備の僕のリバーを斜め上にえぐった。チアノーゼで紫色の顔はなんとも幽霊のようだっただろう。

 

そして当時20歳ぐらいだった友人の兄貴の心にも一夏の思い出ができたであろう。玄関先で顔をこれでもかと変形させる中学生に少なからずオカルトを感じたはずだ。

 

1割という確率が織りなす奇跡に、二人の男が翻弄された。まさにオカルトだろう。

 

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